東洋医学の大きな分かれ道は1999年の日本東洋医学会の岡山県部会です。仙頭征四郎先生がここから2年岡山県部会にお越しになり2001年3月二回目の講演にお越しになった。衛生会館という不便なところでした、そして4月から仙頭正四郎の系統中医学講座が東京の中央線沿線で始まるアナウンスが始まりました。4月まだわたしは「IamStragerTOKYO」だったが一泊泊まったり朝姫路始発の6時ののぞみで東京駅朝9時7分着弾丸ツアーもあった。朝6時始発の東京行き姫路からかなり乗車されていました。絶体帰ってこないと診療がある。台風といえばやめる、休日夜間急病センターの当直といえばばれも変わってくれず、お盆お正月ゴールデンウイークならみんな人が変わったように変わってくれたのでまた正月当直としばしばいわれました。四半世紀における私の東洋医学の始まりでした。神戸中医県の基礎講座も通いましたがゆっくり進行する。中国人中医師が話す内容を日本人の通訳が日本語に直す。倍の時間がかかる。私にピッタリ資料会員というのがあった、単会受講は3000円会員は10回で20000円資料会員は講義資料は必ず郵送され参加するときには1000円支払う。実際参加できるのは半分でした。東洋医学会は1995年入会アレルギー学会は1997年入会専門医になるには5年かかる。東洋医学会は北里大学と大阪医科薬科大で交互に試験がある、私はラッキーなことに高槻市の大阪医科薬科大学、懐かしい。アレルギー学会はお茶の水の総評会館、専門医講習会でもしばしば行きました。2020年のエキス漢方で飯田橋に行ったのが最後の東京、抗がん剤内服してうろうろするは怖い。きょうは天王寺のあべのハルカスで小児漢方懇話会フォーラム。前身の広瀬滋之が主宰された小児漢方懇話会は小児科医しか参加できなかった。小児科医以外は三河湾漢方セミナーのみ参加できた。第4回小児漢方懇話会から小児科医以外も参加が認められるようになり主宰された広瀬滋之先生のご逝去に伴い東京品川のコクヨホールで最終回が行われ、いったんなくなり暗中模索の上、小児東洋医学会とは別に小児漢方懇話会フォーラムが復活しました。私の両親の命日が7月なのでおそらく第一回法事とぶつかり欠席でした。第9回だそうで神経小児つまり発達障害こと神経発達症などについて東洋医学と西洋医学を結ぶ素晴らしい会でありました。役員の先生演者の先生方ありがとうございました。来週日曜日は姫路では医師会館で夏期大学久留米大学の理事長である内村先生さらには神戸市立中央市民病院でご一緒に当直をしたこともある近畿大学呼吸器アレルギー内科の松本久子主任教授の講演もあるが私はポートアイランドで県医師会の産業医講習会に申し込んでいます。
