2026年10月27日の診療の最後は救急搬送で終わりました。朝から二人で診療、暇なはずが「うちのお母さんが飯を食わんからどうしたらよいか」と電話で連絡があり自転車で10分診療抜け出し往診へ血圧と採血にSPo2moniterは忘れた。その間に何度からクリニックから携帯が鳴っている。待合室で帰らずまってくださった患者さんに感謝。4日ほど何も食べてないそうですがLIPもDRYです。夕方検査結果のFAXが着信にならない。昼休みは産業医で不在にしていた。そして検査結果は医師会検査センターから帰っていませんでした。本人さんはずっと自然に私は生きたとおっしゃっていましたがいつも歩いて通院されるのに起き上がれなくなっていた。自然に死に体から医療はイランとおっしゃりご家族も困っておられた。血液の検査データはCRP25、WBC180、CA19-940などでどこへ行っても基幹病院即入院ですよ電話で伝えたが「病院行かんゆうてます」。まあご家族さんお越しください、そしてどこの病院を希望されますかと聞くと病院名をおっしゃったので病院へ電話してDrにラボデータを伝えると入院になると思います救急車でお越しくださいとご指示いただきました。説得にも時間がかかり救急車が発射したのががもう19時のお話、搬送先の病院は昼夜を問わず大変だ。年をとるとみんな頑固になる、こんな時は日勤で入院できると準夜の勤務者に大きな負担がかかるのを防ぐことができた。助かってほしいなあ。朝を迎え出勤途中家族さんと出会ったら悪性だったようで咳も何も痔核なくゆっくり進行したようです。一度だけコロナ前に病院へ紹介しようとしたら自然で無くなりたいから行きたくないという病院へお孫さんが連れて行き何もなかった。それからは特定検診も何も受けられていなかった、血圧と緑内障の治療以外すべて拒否でした。
