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修行

阿闍梨といえばえらいように聞こえるが今は何もえらくない。私も20年前に阿闍梨になりました。天台宗の本山である比叡山延暦寺の延暦寺会館に宿泊し、みんなから病院をさぼって遊びに行くようにさげすまれ四日ほど比叡山で過ごしました。法華大会と書いて「ほっけだいえ」と読む修行に参加しました。法華大会は4年に一度です。本当にえらいのは比叡山千日回峰行をされた大阿闍梨です。「大」がつくかつかないかで大違いです。大きな病院ほど病院を休んで宗教的事由にて病院をさぼることに対して理解がない。あれも一つのいじめです。しかし、そんなハラスメントをハラスメントと言わない時代でした。いまは何処にでもハラスメントやいじめはあります。千日回峰行の道を昼間に一日歩いただけでしんどいと思う人は多い。それを夜中にひとり歩くのはつらいことです。こわい。山姥でも出てきそうです。本当のけもの道です。人生みんなキズを背負いながら生きているのです。だから、死を覚悟で千日回峰行ができるのです.途中でやめたら死が待っています。結局、どこにも人権問題はありリピーターがいるということを申し上げたい。